想い



世界の始め


ばら撒かれたおはじきを
ひとつひとつ区切って
はじく

呆然と立ち止まってしまう
僕を尻目に
君は鮮やかに指先を操り
極彩色のガラス玉を
懐に仕舞い込む

予定調和
すべからく幼子は
女児のままごとに付き合わされ
ミニチュアの理不尽な世界を
学んでゆくのだ


(2013/2/24)







あわよくばくらいの


引っ張られるように目を覚ます

あなたはここにいてはいけないのだと
水族館のペンギンに語っていた
視線が合い うなづき 顔を上げると

白い天井には切れ掛かった蛍光灯があった

水中を飛ぶ勢いで
そのまま放り出されたから
水揚げされた鰹のように
四肢は 硬くなってしまったのだろう

チカチカと
瞬く蛍光灯に まばたきをする術が
今わたしに出来得る唯一のことだ

ペンギンはあなただった
半身を横たえて
指先で髪をなでている
顔色の悪い人物が きっと

残念でならない
機会はこれ切りだろうから


(2012/12/20)







交差


道標は赤鉛筆の線で
なぞらなくてはならないのに
わたしの色鉛筆のケースには
短い青鉛筆と
真新しい黄色の色鉛筆があるだけ

だから
記憶喪失なんて
都合のよい悪意は
早々に受け入れるべきなのだ
リノリウムの床も
アスファルトの道も
裸足で歩く理由の一つとして

スキップはいただけないが

棘の刺さった傷跡
汚れた足の裏
代わり映えしない
景色

赤が交差する


(2012/8/26)







それは


街路樹
裸木の木陰から
猫が見上げる
錆びて壊れかけの
御堂の雨よけ

それはわたくしですと
名乗らずにはいられない

落ちた光
背に受け額に受け
眼差しの先に
消され薄汚れた
石段の落書き

それはわたくしですと
名乗ろうとするかのように

あかぎれた指先
毛糸を引き攣らせ
さらに深く抉られ
隠すことも儘ならず
徐々に朱を増やす

それはわたくしですと
名乗っている

秘されたものが
叩く
叫ぶ
広がる
それはわたくしですと
それはわたくしなのですと


(2011/12/4)







雨宿り


無理やり
破った
飴の袋

ぽんと
とんでった
中身が
かつんと
落ちて
ころんと
ころがった

雨音の中に
響く報せ
水の中で
朝が
くるりと
こちらを向く

朝食の会話は
二回の否認と
三回の罵声

大きく鳴いた
扉の音
痺れた手

打ち付けられた雫
欠けた球体

二三度
瞬きをして
澱みを散らした


(2011/5/29)







回忌


伸ばした手を
すり抜けていった
時間に
暫定的な仮定を
貼り付けても
無意味だと瞳は語り
とうとうと流れる
何時かの有り様が
労わりの言葉を拒絶する

視界は霧に煙り
舌の先が苦い
乳白色の海を彷徨えど
泰然として構える鯨となり

苦渋が
常に味わうものだとするならば
甘味との区別も無く

これも また
この日からも
生きることに値する


(2011/1/10)








有りの儘


陽射しは行ってしまった
日没前に捕まえられた
鬼の後ろから
一人取り残された
橙色の隙間
輩たちも
散るように社の下へ
吸い込まれていった

引き摺った足は
上手く地面を蹴れない
ぺたりと張り付いた
闇色の影が
振り向いた額の部分から
一気に広がって
呼吸困難を起こすのに

千切りとって
覆い尽くす空を
殴り付けてやりたい
喉が切れるまで叫んで
吹き出した血の色で
痕跡を塗り替えしてやりたい

諦めたくなどない
欲するほどの代償に戦いて
諦観するほどに
足掻いてもいないのだから


(2011/1/4)







欺瞞


うつらうつらと
不規則な日差しの行方を
感じながら舟をこぐ

穏やかな振動だけを伝える
助手席は
埋められた孤独の
象徴なのだろうか
それとも
制限された生き方の
檻なのだろうか

まどろみの幻は
縁側で背を撫でる
節くれた皺のよる右手
ゆっくりと進む時間は
立ち止まることを
許された隙間

微笑みが
遠く離れたのは
僅か七年前
二度と手に入らぬものだと
当たり前のように
諦めた

代償は大きい
幸せを数えられなくなった
時から
空腹に
胃が痛む


(2010/9/19)







言葉の行方


別れの言葉に
涙する準備をしていたのに
なんてふさわしくない
小春日和の早朝

鳥の鳴き声の甲高さが
胸の奥をすり抜け
抱きしめた時の
鼓動の速さや
不意打ちの
唇の冷たさが

花びらのように
そっと触れ
空に放たれてゆく

すんなりと綴られた言葉は
響くことなく掻き消えて
開けたままの口を
閉じることなど忘れて
いつまでも
雲の行方を追っていた


(2010/1/17)








満月


指先を伸ばし
丸く月の縁をなぞる

やはり
変えられはしないのだと
戻した掌で
髪を梳く

何も見ずに
何も聞かずに

このまま閉じ込めて
気付かないふりを
していればよかったのか

あとは
欠けていくだけだなんて


(2009/10/25)








歴史


苔むした土塀に
爪を立てて
何百年
何千年の
鎖を喰らえたなら

積み上げた石を見上げ
伝う汗の道に
沁みる傷があっただろうと

何も口にできず
ただ過ぎてゆく影や光を
見送りながら
待つ時間もあっただろうと

何代前の血から
身を削る連鎖は
始まってしまったのだろうかと

断ち切りたいと
絞り出した声は
あまりにも貧弱で
立ち上る湯気も
振るわせられやしない

剥がれた爪など
探すまでもなく
露に濡れた苔に引っ掛かり
私の身であった事など
とうに忘れている


(2009/8/8)
Ps & Qs」参加作品







過去


昼間の空を見上げながら
星になるのよと
その人は言った

何のことだか
さっぱり分からず
わたしは相変わらず
ブランコの酩酊感を
手放せずにいた

口角が上がった横顔で
彼女は間違いなく
笑っていると思った

それならばわたしも
笑わなければならないと
同じように
口の端を上げて
自分の作品の出来具合を
水たまりに映してみた

作り笑いを
失敗すると
こうも醜くなるものかと

ならば何故
彼女は
美しいままなのかと

首を傾げる程度の
疑問など
すぐには
忘れてしまったけれど

今になって
まざまざとよみがえるのは
あの時泣けばよかったと
思い出した所為だ


(2009/1/11)







子どもたちへ


もってゆけ

朽ちてしまったら
残せるものなど
何もないが
今はまだ
生きてきた歳月が
終止符を打たずに
とどまっていてくれるから

この腕をやろう
掴み損ねたものを
手繰り寄せ
己のものとするために

この目をやろう
清濁余すところなく
未来をも写し出し
行く先を導くために

この想いをやろう
見返りを望まない
満ち足りた心の機微を
悟るために

費やせる時間は少ない
正しさをはかるにも
衰えた身体で
証明できるものは
僅かだろう

もってゆけ
何もかも

そのために
私はあるのだから


(2008/11/3)







神様を信じない僕たちは


神様を信じない
君の願いは
祈りよりも
心に深く沈み
澱のように
溜まってゆくんだろう

神様を信じない
僕の罪は
当たり前のように
そばにいた
君を失うことで
償ったんじゃないかなあ

神様を信じない僕たちは
たぶん
純粋に幸福を追い求め
自力で掴み取って
利潤のために
矜持も手放すのだろう


(2008/9/28)







満ちる


駐車場のフェンスと
瓦屋根に挟まれて
階段は空へと繋がって

白く欠けた月が
正面に見える
引っ掻いた
傷口とそっくりな形で

腕を伸ばして
見上げて
人差し指と親指で
掴めたら

そっと剥がして
胸にあてて
傷口を探る

そうしたら
貼り付けて
朔を待とう


(2008/2/23)






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